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​#13 共命

「ステラ…ステラ、聞こえますか」

か細い声が自分を目指してやってくる。既に身体の大半を失ったヨーマが、懸命に瓦礫を這ってきていた。ステラはその声と痛みで目を覚ました。

「あー…聞こえてる…っくそ、しくじったな」

そう吐き捨てて、自分の身体を見た。痛み以外の感覚はほぼない。胸から左足までの部分が綺麗に吹き飛んでいる。強烈な熱傷にために出血はしていないが、その分激しい痛みが行動を制限してきた。

「そのようですね」
「そのようですねって…お前なぁ。こんな時でもその態度なのか」
「昔からこうだったので」

そう告げるヨーマだったが、明らかに消耗していた。少し眉を顰め、額に汗を浮かべている。

「次はどうするのですか」
「どうって…お前この状態でどうにかできると思うか?」
「ステラは、まだ諦めていないでしょう」
「それはそうだけど…」

自分の身体を見て、ステラは嘆息する。

「こんな身体じゃなきゃすぐにでも行くさ。だが回復するまであいつが待ってくれるはずがない」
「それは…諦めるということですか」

ヨーマが寂しそうに言う。それは、自分の大切なものが失われてしまった時の感覚に近い悲しみを含んでいた。ステラだってこのままやられて終わる気はない。だが、動かしたい身体が動かない。立ち向かうだけの力が出ない。自分の意思と関係なく置いてけぼりにされた身体では、その望みを果たすことができなかった。

「それなら、先程言いかけていたことを言います」

ヨーマは改まった様子で口を開いた。

「君の失った身体に、僕の身体を使ってください」
「はぁ?!何言い出すんだお前は!」
「そのままの意味ですが」
「いや言いたいことはわかるが!」

唐突な申し出にステラは困惑する。
ステラとヨーマは、見た目は違うが元々同じ生物ではある。それも人間のような多細胞生物ではなく、アメーバのような単細胞生物に近いものだ。傷つき細胞を失っても、その分の細胞を供給することができれば元の組織として再生も容易いのである。しかしステラが気にしたのはそこではなかった。

「ステラは僕のことが嫌いなのでしょう」
「…それ、今関係ないだろ」
「安心して。僕の意識は無くなりますから、君の邪魔になるようなことは…」
「ばか、そっちの方が問題だ!」

ヨーマの言葉を遮りステラが叫ぶ。その反応に、ヨーマは初めて驚きの表情を示す。

「確かにお前は嫌いだが!それとこれとは別だ…!お前がいなくなるっていうならこのままくたばった方がましだ!」
「…それは、なぜ」
「知るか!勝手に想像してろ」

ステラは顔を背ける。その頬が赤いのは、ただ怒っているだけではないのかもしれない。その相変わらずな態度に、ヨーマは表情を緩めた。

「君が変わらないようで安心しました」
「それはばかにしているのか…?」
「いいえ。でもやっぱり、僕の身体を使ってほしい。君には生き延びてほしいから」

すぐ傍にヨーマがいる。普段なら蹴り飛ばしてでも距離を取る勢いのステラだが、今は何もせず彼の瞳をじっと見つめていた。

「ステラ。僕の意識は無くなると言いましたが、いなくなるわけではありません」
「どっちも同じ意味だろ…」
「君は感じませんか。僕達がたくさんの命で作られたことを、覚えていないのですか」

ヨーマの言葉が、過去の記憶を強制的に引き上げてくる。
それは忘れたかった記憶と、忘れたくない記憶も入り混じった、複雑な思い出だった。

高等な生物というものは、とても小さな細胞から構築されている。ちっぽけな細胞が何億、何十億と集まり一つの集合体を作っている。それはステラも同じである。
彼女達の種族は特殊で、元々細胞一つ一つが意志を持った生き物だった。知能こそ低いものの、高い適応力を持ち、様々な形に姿を変える変性を持っていた。それらがある時、第三者の手によって意図的に組み合わされ、偶然知能と自我を得たのがステラ達だったのだ。彼女達は単一の生き物でありながら、その実多くの仲間達の存在によって作られているのである。
だからヨーマの言うことは、ステラにとって今更な言葉であった。彼女だって知っているのだ。自分だけの身体ではないことになど、とっくの昔に気づいていた。
ヨーマは言葉を続ける。

「僕は君の、一部になるだけだ。消えたりはしない。気にすることがそれだけなら、早く手を」

伸ばされた手は、最早ステラの知るものではなくなっていた。か細い糸のような、今にも崩れそうなボロボロの細胞の塊。存在が保てなくなっているのだ。限界を超えてなお、異常と言うほどに強い意思が、自我が、彼を生かしているに過ぎなかった。
嘆願する赤い瞳と震える手を向けられて、ステラは。

「…っ全くおかしな奴らだ。お前も、あいつも…!」

身体中に溜まった蟠りを、全て吐き出すように言う。時間が、激しい地鳴りが急げとステラを焦らせる。円盤は既に二人の頭上を覆っていた。確実に仕留めようと、渾身のエネルギーを充電しながら待ち構えている。

ステラは、手を掴んだ。

同時に雪崩れ込む、誰かの記憶とエネルギー。溢れんばかりの力は最早抑えきれず、外へ外へと向かっていく。失われた身体を補うように、全身の細胞が増殖する。その変化は止められない。いや、止める必要がない。彼女の身体はあっという間に強いエネルギーの光に覆われた。

頭上から無慈悲な砲撃が降り注ぐ。遅れてくる轟音と共に丹念に地上を焼き払う。無抵抗の生物であればなす術なく塵となる威力だ。
しかし、その砲撃を受けてなお破壊されないものがあった。
たった一点だけ、無傷の場所がある。それは円盤から見れば、あまりに小さい。しかし宿したエネルギーは遥かに円盤を凌駕していた。

「ふん。できれば私一人でやりたかったけど、緊急事態だからな」

吹き荒ぶ粉塵から現れたのは、五体満足でしっかりと立ち上がったステラだった。しかしその姿にはどこかヨーマの面影を持つ。燃えるような金色と優しい赤色の瞳を双眼に湛えて、凛と円盤を睨みつけている。

「お前の力、使ってやるよヨーマ!」

ステラの身体から禍々しく変形した赤黒い触腕が展開される。それは彼女が持つ元々の細胞にヨーマの魔法の金属が混じり、強度も威力も凶悪なほどに高められていた。
地上を蹴り、跳躍する。まるで弾丸のように飛んだステラは一瞬のうちに円盤の下層を撃ち抜き、上層から突出した。直後、一際悲痛な色を含んだ轟音が地上と大気を同時に震わせる。貫かれた風穴が気味の悪い液体とも物体ともつかない赤黒い物質を吐き出して、空中に撒き散らした。

その手応えを忘れないうちにステラは追撃をしかける。凶悪に膨れ上がった鎌状の触腕を振り翳して、上層を滅多打ちにする。それは一見無差別に見えるが、確実に仕留めるための重い一撃を一発一発丁寧に込めて打ち込んでいた。金属がぶつかり合う音と、血生臭さ、そして絶叫が入り乱れる。身の毛がよだつ不快感だが,耳も鼻も塞いでいる暇はない。ステラはそれを地上へ撃ち落とすために、乱打をやめなかった。

その時は着実に迫っていた。円盤は徐々に高度を下げ、眼下の瓦礫を巻き添えにゆっくりと大地に横たわっていく。その上層は最早原型を失いつつあり、発していた声も途切れ途切れになっていた。ステラはドリルのように回転し、とどめを指すべく円盤の内部へ突っ込んだ。


円盤の内部は機械的な要素と生物的な要素を含んだ、奇妙なものであった。生きている機械、と表現して差し支えないだろう。激しいダメージでところどころ崩壊していたが、生物的な壁面は早く脈打ちながらもまだ生きている様子である。
ステラは容赦なく蹂躙する。今まで飲まされた煮湯のことを思い出し、慈悲など捨てて踏み潰していく。潰した肉はにきびのように弾け、嫌な臭いを吐いて縮んでいく。親玉を潰さない限り、彼女の溜飲は下がらないのだが。
やがてその足は開けた場所へと辿り着いた。そこは他の場所より機械的な部分が多かった。その中心部には、確かに「核」があった。
黒く、心臓のように脈打つ四角い核。表面は無数の目や口がびっしりとくっついていて、産毛のような腕が生えている。見る人が見れば不快感を煽られる不気味なフォルムだが、ステラは動じない。寧ろ彼女に怯えきっている様子を感じて、気を良くする。

「ふん。今更後悔したって遅いからな。お前らは、最初から負けていたんだ。私達に喧嘩を売った時点でな」

ステラは確実に息の根を止めるべく、そして確実に苦しめるべく、触腕を最も歪で残酷な形状を形成した。今まで受けた屈辱を、痛みを、全て返すために。

「死ぬほど後悔をしろ。そして嫌でも記憶しろ!今度こそ、私達の勝ちだ!!」

薄暗い人造の光の中でステラの凶刃が閃く。
そして最も切なく、哀れな絶叫が彼女の鼓膜だけを震わせた。

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