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​#14 未来へつなげる想い

街だった場所は、歪な腐敗臭と肉塊、そして瓦礫にすっかり埋もれてしまった。
犠牲になった人もいるだろう。生き延びた人も…。
殆ど更地と化した地上だが、これまた一箇所だけほぼ無傷の場所があった。ある一点を中心に扇状に形成された地形。そこに生き残った人々が一縷の望みをかけて集まっていた。そのある一点に立つのは、一人の青年だった。
彼は腰と額に手を当てて、遠くを見据えている。何かを物珍しげに観察をしているような、そんな雰囲気だ。その傍には、鬼怒谷がしゃがみ込んでいた。
全身の震えが止まらない。あの場所から放たれる強烈なプレッシャーが、彼を立てなくしていた。それは周囲に避難していた人達も同じようだった。皆、顔に恐怖の色を塗りたくり、ある者は生き残った同士で抱き合い、ある者は意識を失い、ある者は絶叫している。その様子は、あの円盤がいかに恐ろしいものであるかを物語っていた。
そんな中、一人呑気そうに立っているのがこの青年だ。時々「あー」やら「おおー」やら、歓声のような言葉を呟いている。このプレッシャーを平然と耐えている辺り、やはり只者ではない。

「お、やったー!」

青年は遠くを見据えながら手を叩いた。何のことかわからない鬼怒谷は呆然とその様子を見守るしかなかった。すると青年は、思い出したように鬼怒谷の背中をぽんぽんと叩いた。まるで、とても面白いものを見た子供が早くそれを伝えたくてするような、そんな行動に感じた。

「な、なんですか?」
「円盤、ステラちゃんがやっつけたよ。良かったね〜」
「…ステラが?」

瞬間、鬼怒谷は全身に体温が戻り、血流が巡り、安堵が増していくのを感じた。
円盤の閃光を目の当たりにした時から、彼は血の気が引いていた。まさかやられてはいないかと、ずっと不安だったのだ。

「でも、本当ですか…?う、嘘じゃないでしょうね!」
「うん、ぼく目はいいから」
「……信じていいんですよね」
「じゃ、自分の目で確かめてみるかい?」

そう言うと、青年は手を差し出してくる。信用のなさに対する苛立ちではなく、素直に教えてあげようという気持ちの篭った笑顔を見せて。
鬼怒谷は一刻も早くステラの無事を確認したかった。だからこそ、躊躇いなく青年の手を握ることができる。しっかりと掴んだその手は冷たいが、とても優しく握り返してきた。

「さぁ、行ってみよう!しっかり掴まっておくんだよ!」
「はいっ!…て、えぇ!?」

青年は軽々鬼怒谷を抱きかかえた。所謂、お姫様抱っこという状態だ。鬼怒谷が何か言うのも気にせず、彼はそのまま助走をつけて瓦礫の山に飛び込んでいく。
元々山だった場所が円盤の攻撃で削り取られ、崖のように切り立った場所からの落下。人間が飛び降りて無事で済む高度ではない。だが、青年は当たり前のように飛び、危なげなく瓦礫に着地して、少ない足場を伝ってひょいひょいと走り抜けていった。


ところ変わって、これは円盤の残骸。地上に落ちたことで、その巨大さがよくわかる。一部の生物的な部分はまだ痙攣していたが、事切れるのは時間の問題である。そんな円盤の上層が突然盛り上がり、何かが這い出してくる。
ステラである。円盤の内部の体液に塗れて不快そうな顔をしながら、ずるりと身体を引っ張り出す。対して大きな怪我はしていない様子だ。

「ステラーっ!!」

遠くから聞き慣れた声がした。体液を振り払って顔を上げる。瓦礫の平原の向こうに、鬼怒谷の姿が見えた。

「ステラ…だ、よね…」
「当たり前だろう。いつも一緒にいたくせにもう忘れたのか?」

ふふんと鼻を鳴らし、尊大な態度を取るステラ。それは間違いなく彼女の姿を、性格をしていた。だが、身体のところどころが変化している。赤い片目、赤い片足、メッシュのように入った黒い髪。それは明らかにステラのものではない、と鬼怒谷は直感した。同時に、それが誰のものであったかも。

「あの…ヨーマさんは」

疑問が口を突いて出る。その言葉にステラはぴくりと眉を顰めた。
そうして彼女が逡巡している隙に、鬼怒谷の背後にいた青年が納得したようにポンと手を叩く。

「あぁ、そっかぁ。通りで気配がしないと思ったよ」

そう言った瞬間、金属質の触腕が彼の額に突きつけられた。

「ちょっ…ステラ!?」

突然のことに困惑しながらも仲裁しようとする鬼怒谷だが、青年の手がそれを制す。青年は申し訳なさそうな顔をして、しかし呑気そうに頭を掻いた。

「ええと、怒らせちゃったらごめんねぇ。でも悪気はないんだよ。これ、しまってもらえる?」

金属触腕の鋒を突く青年。円盤を完膚なきまでに打ち倒したものであるが、彼は特段動じている様子はなかった。ステラは睨み続けながらも、黙って鋒を収める。

「ありがとうステラちゃん。それとも、もう一人の方かな?」
「お前、わかるのか」
「まぁね」
「忠告しておくが、それ以上言ったらネクターにしてやるからな」
「そりゃあ怖い。肝に銘じておくよ」

そうは言っても全く怖がっていない青年の様子に、ステラは青筋を立てた。だが、いつものステラなら飛び掛かっているところを、自制しているあたりもう一人の性格を反映していることが伺えた。

「とにかく…無事でよかった。心配してたんだから…!」

ステラが嫌がるのも気にせず、鬼怒谷は彼女を抱き締める。ほんの数分離れ離れになっていただけなのに、数年ぶりに再会できたような喜びが込み上げてくる。
振り払われたって離さないつもりだった。しかし彼女からの反撃はない。大人しく鬼怒谷からの抱擁を受け入れているのだ。ステラから抱き返すことはなかったが、それでも十分嬉しかった。

「やれやれ…大の大人が情けないなぁ。鼻水とかつけるなよ」
「うう、相変わらず酷いけど、いつも通りのステラでホッとする…!」
「感動の再会だねぇ。ぼくもなんだか涙腺が…」
「嘘つけ!お前殆ど無関係だろ」
「えぇ〜」

ステラに怒鳴られて、しゅんと肩を落とす青年。まるで小動物のように目を潤ませてくるので、彼女は無視を決め込む。
その時、瓦礫を蹴って何かが近づいてくる音に気づき、ステラはその方向に意識を向けた。見ると防護服を身につけた数人が、それぞれの得物を構えて迫ってきていた。背中や腕章に描かれた文字が、場にいた者達の背筋を凍らせる。人々にとっては英雄だが、そうでない者にとっては出会いたくない相手。「ELIO」の防衛隊である。
円盤によって廃墟と化したELIOの建造物であるが、主要戦力は失っていなかったらしい。ステラと鬼怒谷は苦い顔をする。

「君達。何か所持しているのなら、即刻捨ててもらおうか。そうでなければ両手を上げて、抵抗しようとしないでほしい。言葉はわかる?」

色の違う防護服を着た男性がくぐもった声をかけてくる。鬼怒谷は、咄嗟にステラの顔色を伺った。全ては彼女の判断次第だ。戦うか、逃げるか、降伏するか。どれを選んでも厳しい道になるだろう。ステラの選んだ道は、当然…。

「おい、ちょっといいか。ちょっと…通してくれ」

ステラが見えない凶刃を展開しようとした瞬間、集団の中から人影が割って出てきた。この場には少し削ぐわない、黒服を着たざんばら髪の男。その姿は見覚えがあった。確か、妖爾ヶ岳の廃墟で出会った…。

「古賀さん…?」
「おぉ。また会ったな、お前ら」

そう、古賀である。妖爾ヶ岳の戦いでステラと逸れた時に助けてくれた、ELIO職員の男だ。彼は間に立って、色の違う防護服の男性と言葉を交わす。

「あなたは確か、妖怪討伐科の…?招集はかけていないはずなのだけど」
「偶々近くにいたもんでな。それに、知り合いもいる」

古賀は一瞬視線をずらした。その先にいるのは、呑気に欠伸をしている青年だ。

「所長、ここは俺に免じて見逃してやってはくれませんかね」
「…元、だよ。柚羅さんがいなくなったから一時的に権限が戻っただけ。君のことは優秀だと聞いているけど、それとこれとは別だよ」
「気になっているのは、この街を破壊した存在が誰かってことだろ?そりゃあれだ、あいつらの後ろに転がってるでかい物体。あれが黒幕だ。あいつら自体は関係ない」
「それは調べてからわかることでしょう。とにかく、重要参考人として彼らも回収するよ。いいね?」

男性は古賀を退け、真っ直ぐにステラ達の元へ歩いてくる。ステラは当然身構える。が、その緊張は杞憂だったとすぐにわかった。
男性はヘルメットを脱いだ。所長と呼ばれているからにはさぞ厳格な人物だろうと思ったが、違った。人懐っこそうな顔をした、穏やかな好青年。彼は脱いだヘルメットを脇に抱えて、二人に声をかけた。

「初めまして、僕は崇峯。ELIOの副所長をしています」
「あ、は、初めまして…」
「申し訳ないんだけど、君達は取り調べないといけないんだ。ここにいる以上、あのEBEの円盤と確実に接触しているはずだからね。…だけど」

ELIOの副所長、崇峯は突然声を潜めてステラ達だけにこっそりと話す。

「面目上回収はするけど、君達が不利になると思うことは、何も話さなくていいからね。こっちもそこまで聞くつもりはないし」
「え…?」
「僕の部下に、君達に助けてもらった子がいるんだ」

崇峯は綺麗なウィンクをする。

「まぁ表立ってできないから、こっそりお礼できればなぁと思ってるので…気楽についてきてくれればいいからね」
「それ、本当か…?」

ステラは眉を顰める。もとより警戒していた組織の上、敵陣に連れて行かれるなどと言われては素直に応じられるわけがない。少し寛容になったとはいえ、彼女は渋った。鬼怒谷にしてみれば、崇峯が自分達を形だけでも回収しておきたい気持ちは何となくわかった。誰かを納得させるためには、どうしても証拠が必要なのである。害のないものとして認められるにしろ、そうでないものと認められるにしろ、持ち帰って調べたという事実がなければどちらも信用に欠けてしまうのだ。
崇峯は自分達を前者として処理すべく、回収したがっていた。これに応じることはステラ達にとっても有益ではあるだろう。

「ステラ、嫌かもしれないけど、ここは崇峯さんについていく方がいいんじゃないかな」
「いや、でも…」
「お礼したいって言ってるわけだし。もしかしたら…美味しいものとかご馳走してくれるかもしれないよ?」
「美味しいもの」

食欲に訴える作戦は手応えあったようである。ステラは言葉を反芻し、その瞳に期待の色が滲んでいく。それを見計らってか、崇峯が追撃の一言を加えた。

「そうだね…事情聴取の間は、例えば、ケーキなんか用意してあげられるけど」
「シュークリームはあるのか?!」
「とびっきりのものを準備するよ」
「よし、さっさと連れて行け」

崇峯の言葉にステラは陥落した。鬼怒谷の腕から抜け出し、彼のズボンを引っ張って急かす始末だ。あまりに効果的面だったので、鬼怒谷と崇峯は顔を見合わせて笑った。

「えぇっ。いいなぁ、ぼくもお呼ばれされたいなぁ」

と、後ろに立っていた青年が言う。その肩を古賀が叩く。

「お前は俺が担当する。構わねぇだろ?ノーサー」
「あっ、じゃあフロウフレームのホワイトパンケーキお願いしていい!?昔親友から美味しかったって聞いてー」
「こいつ食うことしか考えてねぇな…」

思わず古賀は苦笑した。


崇峯が防衛隊員に指示をすると、ステラ達はELIOの仮設営拠点に連れて行かれた。本部は崩壊しているので当然ではあるのだが、問題はそこから後のこと。
事情聴取をするとは聞いていたものの、その実際はいろいろご馳走されただけだった。ステラは、コンビニで見るものより大きく、より濃厚なカスタードクリームが使用されたシュークリームを遠慮なく頬張った。
ちゃっかり青年の方も食べたいものを堪能できたらしい。あちらは古賀の方から話がしたそうであったが、のらりくらりと躱されてまともな会話になっていなかった。

幸いにも、鬼怒谷の自宅や秋色達の住んでいる地域は円盤の脅威が及ばず、いつも通りの風景が広がっていた。念の為に住人は別の場所へ避難しているようで、とにかく人気だけがない。周りを寂しい雰囲気が包むが、鬼怒谷達にとっては今の人気がない方がありがたかった。

「良いことをするというのも、悪くないな」

そう、ステラが空に向かって言う。最初から利害など微塵も考えていなかったが、結果的に良い思いをしたので彼女はすっかり上機嫌だった。鼻歌混じりに小さなステップさえ踏んでいる。その様子を微笑ましく見守る鬼怒谷。ステラが無事であったこと、喜んでいることが、何より自分の喜びに感じていた。
と、唐突にステラが脛を蹴ってくる。あまりに唐突だったのでじわじわと走ってきた痛みからようやく蹴られたことに気づき、鬼怒谷はその場に蹲った。

「ちょっ…なんで今、蹴ったの…?」
「なんかにやにやしてたから、腹が立って」
「……本当に変わらないね、ステラは…」

痛む脛を摩りながら、鬼怒谷は苦笑した。
一つの街が破壊されるだけの惨事があったにも関わらず、ステラはやはり変わらない。いつも通り過ぎて、本当は何事もない一日であったような気さえする。彼女のものではない赤い瞳に見据えられて、現実に引き戻されるまでは。

「ねぇ、ステラ。これからどうする?」
「そんなもの決まってるだろ。私に逆らうものを全てのして、縄張りを拡大する」
「ああ、やっぱり…」
「けどその前にすることがあるな」
「すること?」

ステラは自身の色の変わった髪の毛を引っ張る。

「こいつとずっと一緒なんてごめんだから、分離する方法を見つける」
「分離って…できるの!?」
「あの円盤を調べる必要があるがな。忌々しいが奴らの技術を盗めばできるはずだ。昔の仲間はもう無理だけど、ヨーマなら強いからなんとかなるかもしれん」
「な、なるほど…」
「てなわけで、鬼怒谷!奴らの研究が進んだのを見計らってからELIOに乗り込むぞ!まさか嫌とは言わないよな?」

ステラはにやりと口角を上げる。いつもの脅し文句だが、それは既に返ってくる答えを確信した口調だった。

「もちろん。それに断ったって、引きずってでも連れて行くでしょ」
「よくわかってるじゃないか。実際に引きずっていってやろうか」
「それはやめてほしいな…」

そう言って肩を振り回すステラに、鬼怒谷は苦笑した。彼女ならやりかねないので、次回までに忘れてくれていることを願うしかない。

「あ、そういえば…さっきヨーマさんのこと名前で呼ばなかった?」
「今引きずっていってほしいようだな」
「いやあのごめんなさ痛い痛い取れる!取れるから耳引っ張らないで!?」

全体重を乗せ、無理矢理鬼怒谷の耳を引っ張るステラ。痛いところを突かれた彼女なりの仕返しである。
結局、鬼怒谷はステラの横暴に振り回されながらも帰路に着くはめになった。
そこからは普段通り、食事を摂りお風呂に入って眠る。やはりあれだけの騒動に巻き込まれていて疲れていないはずがなかった。布団に潜り込んで数分も経たないうちに二人は熟睡してしまった。


破壊された街の復興には時間がかかるだろうが、別支部のELIOの協力も要請しつつ作業は急ピッチで行われているらしい。それとは別に人々の生活は早くも普段通りに戻ろうとしている。幾度も脅威に晒されてきた結果、順応性も高まっているようだ。だからといって何度も生活を乱されては堪ったものではないのだが。

元の生活に戻って数日後、久々の単独行動を許された鬼怒谷は夕食の買い出しに奔走していた。ステラが突然献立と違うものを食べたいと言ってごねたのが発端である。暴君レベルの我儘だったが、ヨーマと融合してより凶悪になった触腕を見せつけられては、首を縦に振るしかなかった。
アーケードを走り抜け、ある喫茶店の前に差し掛かる。そこはかつてステラと入ろうとした隠れ家的喫茶店だった。丁度その時、ドアが開いて客が出てくる。それはどこかで見たことのある人物。

「あれ?古賀さん…?」
「んぁ、またお前か」

少し驚いた顔をした後、首の裏を掻く古賀。格好はいつもの黒服ではなかったが、鬼怒谷はその顔を一眼見てわかった。

帰り道が同じだと言うので、二人は肩を並べて道を歩く。夕陽に照らされた川沿いの土手というシチュエーションはまるでドラマのワンシーンのようだった。

「今日はあのちっさいのはいねぇんだな」
「あ、はい。僕だけ駆り出されまして」
「大変だなお前も」
「いえ、いつものことなんで…」
「そうじゃねぇよ。あいつ人間じゃねぇんだろ?俺は専門外だから詳しく知らねぇけど、危険動物を飼ってるってレベルじゃねぇぞ」

どうやら古賀はステラの正体に気づいているらしい。鬼怒谷が言葉を探していると、彼は言葉を続けた。

「ああ、心配すんな。このこと知ってんのは所長と、ごく一部の…とにかくお前らと面識のある職員だけだ。それ以外の奴らには極秘扱いにしてる」
「そ、そうなんですね。良かった…」

本当に良いのかわからないが、とりあえず言葉のあやと共に安堵に息を吐く鬼怒谷。古賀はこう見えて異常存在に寛容的だった。それは過去の事件がきっかけらしい。その話を少しだけ知っていた鬼怒谷は、彼をなんとなく信頼できる人物だと思っている。自分も同じ意見を持っているから。

「うちの組織に限った話だが、殆どの奴らは異形ってだけで即刻排除が当たり前だ。そこに理由を持ってる連中はもっと少ない。知らないから恐れてる、それだけ。お前みたいに歩み寄れる奴が増えりゃあいいのにな」
「…僕もそう思います。彼らだって歩み寄ろうとしてくれているんですから」
「というと、あのちっさいのも?」
「最初は流石に殺されるかと思いましたけどね」

ステラと初めて会った時のことを思い出し、苦笑いする。しかし振り返ってみれば、その時から彼女は歩み寄っていたのかもしれない。約束という回りくどい理由をつけて。

「ところで…お前はこれからどうするか決めたのか?」
「そうですね、これからは普通に大学行って…」
「俺、お前のことを思い出したんだよ。最近。ELIOの職員だったお前のことをさ」
「えっ…」

思いもよらない話に鬼怒谷の足が止まる。驚きと困惑の混じった目で古賀の顔を見た。

「それって、どういう」
「いや、昔お前に言ったろ、似たような名前のやつがいたって。確か防衛部門だったっけ…雰囲気がだいぶ違うから同じ奴だと思わなかったんだがな」
「そう、ですか…」
「昔話は後から幾らでも聞かせてやるから、先に本題に入るぞ。崇峯所長がお前の再雇用を検討している。近々直接お前の家に行くつもりらしい」
「はぁ」
「どうする?」
「…どうすると言われましても」

唐突過ぎて頭の整理が追いつかないながらも、鬼怒谷の中で答えは既に決まっていた。

「申し訳ないですけど、お断りします。昔の記憶なんて無いし、僕は今の生活の方が楽しいですから」
「…わかった。無理強いはしねぇよ。所長にも俺から言っとく」

古賀は心なしか嬉しそうだった。
ELIOの職員も、EBEと暮らすことも、どちらも危険に身を置くという意味では一筋縄に行かない生活となるだろう。それでも迷わず今の生活を、EBEとの共存を選んだ。その意思が垣間見れて嬉しかったのだろう。
その時、無機質なコール音が二人の会話に水を差す。古賀はめんどくさそうにジャケットを探り、端末を取り出した。

「…んぁ、悪い。どうやら急な仕事が入っちまったみてぇだ。昔話はまた別の時にさせてくれ」
「いえ、大丈夫です。仕事、お疲れ様です」
「お前もな。しっかり休めよ」

端末の情報を受け取って、古賀は逆方向へと歩き出す。背中越しに片手を上げ、別れの挨拶とする。鬼怒谷もその背中に一つ会釈を送った。

違いは常に軋轢を生む。勝手に先走った感情が見当違いの方向へ暴走し、互いに望まない結末を迎えるなどはなくも無い話だ。その結末を回避するには、お互いの違いを認め、知ることが重要になってくる。それは簡単に見えて難しい。これからも衝突は幾度となく生まれるだろう。その度に歩み寄る努力を、分かり合う努力をすることができれば…。

人間とEBEが共存できる未来も、絵空事ではなくなるかもしれない。

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