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​#6 夢にまで見た外の世界

休日明け、ELIOの会議室に持ち込まれたのは、阿久更町にあった丘が一夜にして更地と化したことに関する議題だった。
円卓を囲み、五人の職員がそれぞれ資料に目を通しながら座っている。時計の針が9時を指すとともに、その内の一人が沈黙を切った。


「内容を把握していただけましたか?」


仕立ての良いスーツを着た聡明そうな男性が、眼鏡を指で押さえながら発言する。


「十年前に隕石が落ちた無名の丘、それが一晩で更地に変わってしまいました。これはEBEの仕業である可能性が非常に高いです。異論はありますか?」


他の職員達は各々首を振った。誰しもが、それか人間のなせる技ではないと直感していたからだ。眼鏡の男性は資料を片手に話し続ける。


「エキスパートの皆さんには聞かなくてもよい質問でしたね、失礼しました。見て頂いたとおり、現場に残された痕跡を見ても、人為的なものではありません。とすると、強力であるばかりか我々の知覚を掻い潜るEBEがいるということになります」
「分類は第二級ってところですかねぇ。野放しにしておけないのは確かです。討伐するのが最優先ではないですか?」


白衣を着た職員の一人が進言する。それを聞いた眼鏡の男性は、再び自身の眼鏡を押さえて語った。


「それは必ず行われるべき事項です。しかしまずは情報を集めなければなりません。どんなものを相手にしているか、知らなければ対策のしようがありませんからね」
「それなら…防衛部門に任せてください」


屈強そうな外見の職員が言う。


「調査班を2、3手配します…。大規模な地形変化を起こすEBEなら少数精鋭で捜索をする方が良いしょう…」
「せっかくの提案ですが、それでは十分ではありません。相手は上手く潜伏する能力を持っているのです。調査させるなら、あれを導入してください」


そう眼鏡の男性が言うと、職員達の血相が変わった。


「あ、あれを外に出すってこと?お言葉ですが所長、本気ですか…?」


白い肌の青年が困った顔をする。それは眼鏡の男性ーー即ち所長の提案が不安に充ちていることを示していた。もちろん、不安を感じているのはこの青年だけではなかった。場にいる職員全員が苦い顔をしている。
だが、所長は。


「大丈夫です。あれには何度か外を経験させていますからね。博士の方からも大分安定してきていると報告を受けていますし、そう心配することは起きないでしょう」


所長は、にっこりと笑った。それはどこか含みのある笑みだったが、全員納得せざるを得なかった。彼はこの機関で、ELIOで最も力のある人物なのだから。

 


平日になると、鬼怒谷は大学へ行かねばならない。以前なら無理矢理着いてきていたステラだったが、少しずつ信頼を重ねた結果か別行動を許すようになっていた。なので、今彼女は一人で公園に来ている。
そこは鬼怒谷のアパートの近くにある小規模な公園だが、遊具には子供達数人が元気に群がっていた。
そんな光景をよそに、ステラはベンチの上で空を眺めていた。雲の隙間から差す日光に身体を晒して、何も無い時間を体感する。退屈は嫌いな彼女だが、時々ならこうして過ごしても悪くないと思い始めていた。
その時、ステラの視界を黄色いボールが横切った。それは子供達が投げて遊んでいたものだった。


「ねーねー!ボール取ってー!」


明るい声がステラに向けて飛んでくる。あどけない子供達の笑顔に反して、彼女は冷ややかな目付きで嘆息した。


「ったく、めんどくさいな。ほれ」
「わ!ありがとー!」


ボールを蹴って寄越すと、子供達は嬉しそうに叫んだ。


「ねー、君も一緒に遊ぼうよ。楽しいよ!」
「別に興味ないからいい。さっさと行け」
「えーっ。遊ばないの?変なの」


ステラの冷たい対応に、残念がる子供達。しかし彼らはあっさり引き下がって、元の遊び場へ帰っていく。
ステラも再びベンチに腰掛けたところで、今度は反対側の視界に何者かの姿を捉えた。
そこにはさっきまでいなかったはずの少年がいた。日光に照らされて茶色に輝く黒髪の、活発そうな少年だ。その両目は不思議な色に染まっていて、左目が赤、右目が黄色を呈していた。異国の人間かと思いきや、彼は驚くほど流暢な日本語で話しかけてきた。


「なぁ、ちょっといいかー?」


屈託のない笑顔を見せる少年。ステラはその姿を一瞥したきり返事をしなかったが、彼は根気よく繰り返した。


「ちょっといいかって言ってんのー。聞こえてんだろ?今ちらっと見たじゃんか、オレのこと。ねー、教えてよー」


こいつは追い払ってもしつこく絡むタイプだなと、ステラは確信した。無視を決め込むつもりでいた彼女だが、少年の態度を見るやすぐに対応を切り替えることにした。


「聞こえてるよ。何を聞きたいんだ?といっても、私はここらのことはあまり詳しくないからな。あいつらに聞いた方がいいと思うぞ」


ステラは親指で子供達のいる方を指した。責任転嫁作戦である。しかし少年はステラの言葉の半分以上を聞き流したらしい。子供達の方には目もくれず話を続けた。


「おう!実はさ、えっと…なんだっけ。あ、そうだ!山!山探してるんだー。どっちに行ったら行けるのか、教えてくれよ!」
「山?そんなのそこら辺にあるじゃないか」
「知ってるの!?」
「なんだその食い付き。そこまで詳しいわけじゃないぞ」
「じゃあお前が知ってる山に連れてってくれよ!ひょっとしたらオレが目指してるとこかもしんないから!」
「は?なんで私がそんなことしなくちゃいけないんだ」
「だって、オレわかんないもん。だから聞いたんじゃん」


ステラは顔を引き攣らせた。この人間は頭の良い方ではないなと直感した。薄々苛立つほどのしつこさと相まって、かなり厄介な相手である。


(仕方ないな…どっか適当なとこに連れてってやるか)


鬼怒谷という人間と暮らし始めて、彼女の心にも少しずつ変化が起きていた。今までならこんな奴完璧に無視して突っぱねていたところだが、ちょっとだけなら力を貸してやってもいいと思うようになったのである。
ステラは自覚していなかったものの、傍から見れば驚くほどの変化だった。


「オレの名前はウルリって言うんだ。よろしくなー」
「ふーん、変な名前だな」
「そんなことないぞ、オレはすごく気に入ってるんだから!お前はなんて言うんだ?」
「私は…ステラだ」
「へぇー。変わってんなぁ!」
「お前には言われたくない」


思わぬ同行者が増えたこととこれからの前途を予期して、ステラは大きく溜息を吐いた。


ステラは早くこのミッションを終わらせるべく、ここから一番近い山を目指すことにした。といってもどの方向に何があるのか、阿久更町の地図を知らない彼女は勘に頼るしかないのだが。


「よし、あの山に行くぞ」
「あの山?なんて山なんだ?」
「知らん」


ステラは無愛想な返事をして、ウルリと共に公園を出た。目指す山は視界に見えており、住宅街を真っ直ぐ突っ切った先にある。ここから歩いて数十分もかからないだろう。
ウルリはというと、これから向かう場所が目的地かどうかもわからないのに、全く怪しむ様子もなく素直に着いてきた。遠足に行くかのような楽しげな足取りで、沈黙を決め込むステラにも積極的に話しかけてきた。


「なー。ステラはさ、よく外には遊びに行くのか?オレ、あんまり外って出たことないんだよね。だから今も自分がどこにいるかもわかんないんだー」
「…お前正気か?」


思わず突っ込みを入れるステラ。辛辣な発言だったが、返事があったことにウルリは喜んだようで、彼は元気な笑い声を上げた。


「あはは!みんなはオレのこと安定してきたって言ってくるから、たぶん普通だよ!それにオレ、帰り道はわかるし」
「はぁ?自分がどこにいるかもわかってないのに帰れるのか?」
「うん!通ってきた道のにおいを辿って行けば!オレ、鼻は特別いいんだ!」
「へぇー…」


ステラは興味無さそうに相槌を打った。気がつくと、山はもう目の前に来ていた。やっとこの厄介者から解放されると思い、ステラはウルリに向き直った。


「さあ着いたぞ。ここが私の知ってる山だ。あとは自分でなんとかするんだな」
「わぁー山だ!でも、なんか…違う気がする」


ウルリの口から不穏な言葉が漏れる。それを聞いたステラはとても嫌な予感がした。


「なんか、山じゃなかったような気がする。なんだろ、えーと…あ!思い出した!オレが行きたかったのは山じゃなくて丘だ!」
「…お前さぁ、そういう根本的な間違いは勘弁してくれよ。振り出しじゃんか」
「ごめんなステラー。でも今度は間違いじゃないから!絶対!」


ウルリは悪びれる様子もなく、からからと笑った。そんな彼を後目にステラは肩を竦め、踵を返そうとした。
その時、山の中から強い気配を感じ、ステラは振り返った。姿こそ確認できなかったが、鬱蒼とした木々の向こうから何かの視線を感じ取ったのである。
じっと山の中を睨みつけるステラを見て、ウルリは怪訝そうに首を傾げた。


「どうしたんだよステラ?お前も気づいたのか?」
「別に、お前が気にするほどのことじゃないよ」


ステラは適当に返事をして、山の中へ足を踏み入れた。後ろからウルリが着いてくるが、手を突き出してそれを制する。


「なっ、なんだよー。一緒に行ったらだめなのか?」
「ここはお前の目的地じゃないだろ。私はこの山に用ができたから、お前とはお別れだ」
「ええっ!オレも行くよ!」
「なんでだよ!お前丘に行きたいんじゃないのか!?」
「でも、そっちはステラひとりじゃ危ないぞ。だからオレも着いてく!」
「はぁぁ?」


ウルリの行動は呆れるほど予測不能だった。彼はすっかりやる気になっており、今更説得をするのも面倒になったステラは。


「ったく、勝手にしろ」


肩を竦めながら半ばやけくそ気味に言って、ステラはウルリの同行を認めることにした。

 


落ち葉や枝を踏みしめながら、二人は山道を登った。全く手入れされていないので進むだけでも難儀する環境なのだが、二人はなんの問題もなくすいすい歩いていた。木漏れ日のお陰で暗さをほとんど感じず、視界も良好である。
ステラは後ろから着いてくるウルリの気配に緊張の糸を張りながら、より強い気配のする方へ向かった。


「…お前よく着いてこれるなぁ」


ほぼ垂直の岩壁を登り終えて、ステラはウルリの方を見た。彼はラフな格好のくせに、人間とは思えない体力と運動神経を発揮していた。明らかに回数をこなしている、あるいは慣れている動きだ。しかしそれを問うと、


「え?全然初めてだぞ?」


と、ウルリは答えた。雑談を交わしつつ断崖絶壁を登るのは身体にかなり負担をかけているはずだが、彼は息ひとつ切らしていなかった。寧ろ楽しそうにロッククライミングを満喫してすらいる。それも命綱なしで。


「初めての奴がこんなところまで登れるかよ。本当に人間か…?」
「え、なに?なんか言った?」
「いや…」
「ていうか、ステラは登るの早いなー。オレももう少ししたら着くから待ってて!」


そう言うと、ウルリはあっという間に岩の上へ登頂した。計測したのなら、プロのクライマー顔負けの記録が出るだろう。それなのに彼は、やはり微塵の疲れをも見せていない。
ステラは訝しげに眉をひそめた。


(こいつ、本当になんなんだ?人間にしちゃ異常な身体能力してるし、新手のEBEなのかもしれない。けど、悪い奴には見えないんだよなぁ…)


ステラが思考を巡らせていると、ウルリがきょとんとした様子で顔色を伺ってきた。


「どーしたんだよ?そんな怖い顔して」
「いや、なんでもない。さっさと行こう」


警戒するあまりステラは彼から露骨に目を逸らし、歩き出そうとした。
その時である。突然視界の端から異様に長い物体が現れ、二人の間に分け入った。それは巨大な木の根であった。木の根はまるで鞭のようにしなると、回避する間もなくウルリを崖から突き落とした。


「なっーー!?」


咄嗟に手を伸ばし、ウルリの腕を掴む。両足を岩の隙間に滑り込ませてアンカーとし、次にやってくる重みに備えて思い切り踏ん張った。
投げ出されたウルリは振り子のように回転し、戻ってきた勢いで岩肌に叩きつけられた。


「いっってぇ!!」
「死ぬよりマシだろ、我慢しろ!」


ステラはウルリを引き揚げようとした。しかしそれよりも先に背後から追撃が襲いかかった。無慈悲にも二人諸共、岩の上から叩き落としたのである。10メートルはあろうかという高さだ、このまま落ちればまず助からない。


(ちっ、こいつがいるから能力は使えないな…!)


ステラは空いていた片手を伸ばし、張り出した岩になんとか掴まった。重力がのしかかり、腕が軋むのを感じる。しかしこれで転落死は免れた。


「大丈夫かウルリ!」
「お、おう…!」


ウルリは、何が起こったのか呑み込めずにいるようだった。ひたすら瞬きしている。


「お前どっか別のところに掴まれ!これじゃなにもできん!」
「わ、わかった!」


ウルリは足場になりそうな岩を探した。だがその直後、岩の中から巨大な木の根が飛び出して彼を吹き飛ばした。


「わぁっ!!」


ウルリは地面に転がり落ちた。幸いそこまで高くない位置まで降りていたので、軽傷で済んだようだ。
ほっとしたのもつかの間、今度はステラ目掛けて木の根が襲いかかってくる。彼女はするりと岩を伝いながら猛攻を回避していく。しかし、木の根はまるで蛇のようにしつこく追いかけてきた。


(このままじゃ埒が明かない。戦おうにもあいつが邪魔だ…まずは…あいつをどっかにやってしまおう)


ステラは地面に着地すると真っ直ぐにウルリの元へ駆けた。とにかく彼を適当な藪の中へ放り投げて遠ざけようと、手を伸ばす。
しかしウルリは、明らかにステラの手を避けた。そしてそのまま逆方向…つまり彼女の背後に向かって走り出していた。


(あいつ、何考えて…っ!?)


思わぬ事態に気を動転させつつ、ウルリの姿を目で追う。すると振り返って初めて、ステラは間近に迫る木の根を認識した。
ウルリは木の根と衝突する寸でのところで素早く身を躱した。続いて木の根を両腕でしっかり捕まえると、渾身の力でもって思い切り捻り倒す。その拍子に木の根は岩の割れ目から勢いよく引っこ抜かれ、辺り一帯に小規模な岩雪崩を発生させた。


「なっ…」


ステラは放心していた。ウルリの動きは、もはや人間として見ることができないほど化け物じみていた。それもさることながら、目の前のことに急いで自分の背後に迫る危険に気づかなかったことが一番のショックだったのだ。
持っていた木の根をぞんざいに放り投げたウルリは、彼女のところへ心配そうに駆け寄ってきた。


「ステラ、大丈夫だったか!?…って、なんだその顔」
「…大丈夫だ。てかお前こそ、なんなんだよ。本当は人間じゃないだろ」
「ええ?そんなわけないじゃん。オレはちゃんと人間だよ!まぁ、ふつーの人にはこんなことできないと思うけどー」


ウルリは得意げに鼻を鳴らした。ここぞとばかりに大きく胸を張っている。そんな彼の調子に、ステラは苦笑いしか出なかった。
その時、崩れた岩山から再び巨大な木の根が飛び出してきた。それもひとつやふたつではなく、中央には親玉と思しき木の怪物まで現れて身を乗り出している。


「お、ようやくボス戦って感じだな。よっしゃ、腕がなるぜー」


怒れる怪物を前にしても、ウルリは全く怯まない。寧ろストレッチをしながら意気揚々と前に出た。


「ステラは下がってて。こいつはオレが片付けるから!」
「はぁ?それ本気で言ってるのか?」
「もちろん!だってオレ、こういうのは慣れてるからさ!」


そう言うとウルリは弾けるように地面を蹴り、木の怪物に向かって拳を振りかざした。それに対抗するように怪物が幾つもの根を怒涛に這わせてくる。それをウルリは機敏な動きで躱し、あっという間に怪物の懐へ辿り着いた。


「らぁぁっ!!」


ウルリは気合いの声と共に、木の怪物へ向けて渾身の一撃をぶつけた。枝のへし折れるような激しい音が発生し、怪物の本体に大きな亀裂が入る。怪物は恐ろしい悲鳴のようなものを上げて、大きくよろめいた。


「もう一発だぁっ!」


体勢を整え、追撃を加えようと走り出すウルリ。だが、敵とてやられっぱなしではいられない。木の根を集めて束にし、勢いよくウルリに向かって突き出される。


「力比べなら負けないぞ!…って、うわ!?」


巨大な木の根の塊に拳で対抗しようとしたウルリだったが、突然塊が散開した。驚いたウルリは回避を試みるが、木の根はすかさず絡みつき彼を無力化してしまった。


「うぐぐ…フェイントだったかぁ…!」


ウルリはもがくが、幾重にも絡んだ木の根を振りほどくことはできなかった。木の怪物はそのままじわじわと彼を締め上げ始める。ミシミシと嫌な音が発生し、ウルリは痛みで顔を歪めた。苦しむあまり激しく木の根に噛み付いたり引っ掻いたりして抵抗するのだが、効果はない。寧ろ文字通り自分の首を絞める結果となった。


「あの馬鹿っ!もうちょっと考えてから行動しろよな…!」


標的を切り替えた木の根がステラを襲う。彼女は思考を張り巡らせ、木の根の攻撃を的確にあしらっていく。百戦錬磨の彼女にとってこれくらいのことは目を瞑っていてもできた。
やがて木の怪物が見せた僅かな隙を鋭く突いて、ステラは見えない一撃を本体に加えた。
けたたましい叫び声を上げる怪物。ウルリを捕らえる木の根の塊が粉々に砕け散り、彼が脱出するのに十分な隙間を作った。


「あ、ありがとうステラ!」
「来るぞ。気を引き締めろ!」


解放されたウルリはステラと共に臨戦態勢を取り、怪物に対峙した。怪物はすっかり憤り、山全体を揺るがすような咆哮を放つと、二人目掛けて木の根を振り下ろした。
ステラは左に、ウルリは右に飛んでそれを回避する。木の根は勢い余って地面にめり込み土煙を吹き出した。その上にステラは登ると、一直線に怪物に向かって走った。無数の木の根が彼女に襲いかかってくる。しかし彼女はそれらが追いつけないほどのスピードで滑走し、難なく包囲網を突破した。
その時、怪物は身体に強い衝撃が走るのを感じた。その方へ意識を移すと、ウルリが固めた拳をぶつけて木の肌をひしゃげさせていた。先程の土煙に紛れて、怪物が気づかないうちに回り込んできたのである。


怯んだ隙を突いてステラは跳躍し、木の怪物の胴体に向けてドロップキックを決めた。メキメキと鈍い音を立てて、明らかに彼女の足より巨大なクレーターが発生する。それは怪物を上下で真っ二つに分断する程の威力であった。
胴体からへし折られた怪物はさすがに力尽きたようで、大きく後ろに倒れそのまま動かなくなった。


「や、やったか!?」
「フラグを立てるのはやめろ」


肩で息をするウルリに、ステラは苦笑して言った。


「体を半分にしてやったんだ、少なくとも反撃する気力はないだろーよ」
「そ、そっかぁ。ってことは、オレ達はこいつをやっつけたってことでいいんだよな」
「そういうことでいいだろ」
「おおー!やったー!!」


ウルリは両手に拳を作って、空に向かって突き上げた。


「やったなっ!こんな怪物、やっつけたのは初めてだよー!」
「おい、さっき慣れてるって言ってなかったか?」
「言ったよ?」
「矛盾してるぞ」
「違うよ!知らないやつと組んで戦うのが初めてだって言ったんだ」
「その部分、思い切り端折ってたぞ…」


ステラは顔を引き攣らせた。
この少年の扱いは怪物を倒すことより難しい。しかし何はともあれ、一件落着ではある。彼女は服に着いた埃を払いながらウルリに話しかけた。


「さぁ、もうここに用はない。降りるぞ」
「うん!」
「で、お前はどーするんだっけ?」
「え?このあと何かするっけ?」
「なんで覚えてないんだよ!お前丘に行くんだろ!!」
「あ、そうだそうだそうだった!オレ、ステラと丘に行かなくちゃいけないんだ!」
「はぁ!?なんで、私も同行者に加えられてるんだよ!!」
「だって、オレじゃわかんないもん」


屈託のない笑顔を浮かべてウルリは答えた。既に聞いたフレーズを聞かされて、呆れの限界を突破したステラはこの日一番の深い溜息を吐いた。まだまだこの厄介者との縁は切れそうにないようだ。

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