原因はEBE収容室の老朽化であると推定された。多くの危険なEBE達...特に人的被害を及ぼすレベルである第四級以上を留置しておくがゆえに、彼らの暴動のダメージが相まって、亀裂が生じていたのだという。
破壊された収容室は直ちに修復作業が入り、評議会は事件に対する対策を模索することとなった。
ディグは依頼を済ませたあと、また新たな仕事に追われていた。中枢から対策案を提出するよう命令が下されたのである。キーボードを叩きながら文章を羅列していく様子は、魂ここにあらずといった様子であった。
一方で、その後ろではウルリとクロナの楽しげな会話が弾んでいる。死にかけたことに対する反動か、興奮冷めやらぬといった感じであった。
「しっかしすごかったなぁ~!まるで魔法みたいだった!」
「そ、そうですか?えへへ...」
クロナは頬を赤く染める。褒められたことに対する純粋な照れであった。お互いの距離が縮まったことで、こういう顔も自然とできるようになっていた。
「なぁ、またやってくれよ!いい作戦があるんだけど…」
「作戦ってなんですか?」
「作戦は作戦だ」
ウルリはにやりと口角を釣り上げる。その視線は、ディグの方に向いていた。
「お前の力があれば面白いことができるんだ。あいつに思い知らせ...じゃなかった、驚かせてやろうぜ」
「えぇ...なんだか不純な動機を感じますよ。ダメですよ、悪いことしたら。それに…」
ヒソヒソと会話を交わす二人。しかし、耳の良いディグには筒抜けであった。
「二人共。例えば、いたずらなんかしたら、一ヶ月口を聞かないからな」
「お、おう...わ、わかったよ。何もしないよ」
「ひぇ...き、聞こえてたんですね」
ディグの冷たい視線に凍りつく二人。巨大な怪物EBEを倒す力があっても、彼には頭が上がらないようだ。
「ところで、お前達はあそこで何をしていたんだ?おおかた退屈で逃げ出したウルリを、クロナが探そうとして道に迷ったものだと推察しているけど…」
「ぐわ、大当たり」
「やっぱりか」
「し、仕方ないじゃんよ。退屈だったんだから!ずっとあんなところにいたら頭がおかしくなるよ!」
感情論を盾に反論するウルリ。反省の色はあるものの、それでも自分が悪いとは認めないようだった。
「はいはい。その後は?」
「ボクがあそこに着いた時、怪物が襲いかかってきました」
クロナがおずおずと答える。
「...ウルリさんが助けてくれなかったら、ボクは大変な目にあっていたと思います」
「それはオレだって...あっ、そうだ!なぁディグ聞いてくれよ!クロナってすごいんだぜ!」
ウルリは思い出したようにクロナの肩を叩いた。それはばしばしと手荒いものであったが、クロナは痛がりこそしたが、嫌がってはいないようだった。
「クロナはものすごーく時間をゆっくりにする力があるんだ。まるで映画の中みたいだった!」
「時間を...?君は時間を操ることができるのか?」
ディグは驚いた顔でクロナを見る。視線を集めたクロナはあわあわと狼狽えたが、やがて恥ずかしそうに頷く。
「す、少しくらいだったら…何回かに一回は失敗しちゃいますけど…」
「それでも、すごい力じゃないか。どうしてそんな力を?」
「それは…わかりません。気付いたら、使えるようになっていたので…」
「もしかすると、君のルーツに関して何か重要な意味があるのかもしれないね」
ディグは腕を組み、考え込む。
そこへクロナが、気持ちを逸らせて話しかけた。
「あのう…何かわかりましたか?」
「いや、現状じゃはっきりした答えは出せないよ。これからもっと研究して情報を集めていかないと…」
「そ、それならば提案があるのですが!」
言い終わるより先に、クロナが叫ぶ。彼は勇気を振り絞り、二つの視線を受けながら続けた。
「また何か思い出したら、絶対に伝えます!だ、だから、ずっと...えと、ここに、置いてくれませんか?...あ、いや、あの、ボクの正体がわかるまででもぜんぜん構いませんから...」
言い出しは好調だったものの、すぐに元の性格が侵食してきたのか、語気がフェードアウトしていく。それを怪訝そうに見据えるウルリ。中盤からほとんど聞き取れなかったらしく、頭上には疑問符が浮かんでいた。
対するディグは、肩を竦めると、こちらへ歩を進めてきた。彼にはしっかりとその言葉が聞こえていた。クロナと同じ目線にまで腰を下ろし、彼に向かって答える。
「君がいたいだけいればいいさ。正体を突き止めた後でも、追い出したりなんかしないから」
「ほ、本当ですか!?よかった...!ありがとうございますっ!」
クロナの表情が、ぱあっと明るいものに変わる。まるで一世一代の大役を果たしたかのように興奮し、少女のように頬に手を当てて「嬉しい」「夢みたいだ」と何度も呟いていた。
それに漸く合点のいったウルリは、嬉しそうな声を上げる。
「おっ!クロナもここに住むのか?じゃあ、お前は今日からオレの弟だな!」
「えっ?えっ、な、なぜそうなるんですか?」
「だってオレとディグは兄弟で、家族なんだぜ。なぁ?」
「お前、言ってることがめちゃくちゃだぞ。でもまぁ、一緒に暮らすのを家族だと認識するなら、間違いじゃないと思うよ」
「家族...」
ウルリにぽんぽんと頭を叩かれながら、言葉を反芻するクロナ。突然の提案に戸惑っていたが、少しずつ飲み込んだのか、やがて笑顔を見せて答えた。
「...ありがとうございます」
それはクロナが生きてきた時間の中で、一番幸せな出来事だった。過去に失った大切なものが、再び戻ってきたような気がした。
遥か昔のオーバーテクノロジーの存在か、はたまた別次元からもたらされた未知の存在か。クロナの正体の答えは、世界という一枠を超えなければ、たどり着けない場所にあるのかもしれない。
しかし、それでも、例え永遠に理解できなかったとしても、彼はもう悲しまないだろう。自分の過去を思い出すこと以上に、覚えていきたい未来ができたのだから。