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​#1 掘り起こされた遺物

連日紙面を賑わせるのは、商業家の不正取引や非道な殺人事件だけではない。地球外生命体であるEBE達の突飛で驚異的な所業は、今やどこの新聞社も注目する特ダネである。

一方で、それ以外のネタ...例えば季節のイベントやこ難しげな学会発表の成果なんかは、ささやかで端の方に追いやられがちであった。

殆どELIOの職員施設から出ることのないディグは、掃石が持ってくる新聞を読むのが楽しみの一つだった。もちろんネットでの確認も今は容易な時代だが、印刷紙の感触や匂いを感じながら読むのも、彼には楽しみだった。

今日の一面を飾るのは、どこかの大手会社が不祥事を起こしたとの内容であった。白黒の写真ではお偉いさんが頭を垂れ、謝罪している風景が映されている。

ディグはそれらを一字一句読み込んでから、次の内容に移っていく。電車の中で新聞を読むサラリーマンよりは、すべてを読み終えるには圧倒時に時間がかかるものの、内容はしっかりと頭に残った。

それを、至極退屈そうに見ている少年がいた。

正面でウルリが頬杖をつき、目玉焼きをつつきながら、座っている。二人はちょうど朝食の真っ最中だったのである。

「なぁ、それ面白いのか?」

と、ウルリが言う。読むのをやめて欲しい、と言わんばかりの視線を彼は送っている。

それに対しディグは、視線を新聞紙で遮ったまま答えた。

「毎日何が起こっているか、知っておくのは重要だと思うよ。ウルリも読んだら?」

「やだよ。オレ、字を読んでるとなんだが気持ち悪くなってくるもん」

「じゃあニュースでも見れば?」

「面白くないよ、あんなの」

ウルリは吐き捨てるように言った。

二人のいる場所は、施設の地下にあるウルリの隔離寮である。リビングルームには、中央に食卓、入口付近にキッチン、そして奥のスペースに隣部屋を結ぶドアと、テレビが一台置いてあった。そのテレビからは賑やかな、少年向けのアニメーション番組が流れている。ウルリはディグからふいと視線を逸らした後、ずっとそれを凝視していた。

「...まぁ、最近はろくなニュースがないからね」

「そうだろ?やっぱり。どっかの権力者が悪いことしただの、悪い人が人を殺しただの、楽しいニュースなんかぜんぜんやらないもんな」

「お前にしてはよく知ってるじゃないか」

「え、そ、そうか?」

「“権力者”なんて言葉、お前から聞くとは思わなかった」

「おいっ!」

ウルリがテーブルを叩いて抗議すると、ディグは「冗談だよ」と宥めた。

新聞を折り畳み、テーブルに置く。漸くディグは、ウルリの不貞腐れた顔を見た。

「そんな顔するなよ。今日は休みなんだから」

「あ、そういえばそうだっけ。なぁ!どっか遊びに行こうぜ!」

「そうだなぁ、どこがいい?」

「オレ、海がいいな~」

「海?なんでまた」

「こないだ山行ったじゃん。山行ったら次は海だろ?」

「いいけど、今めちゃくちゃ寒いんじゃないかな...。もう秋も中頃だぞ」

「寒中水泳やってるじゃないか!」

「それはもっと寒くなってからだし...そもそもお前それやりたいのか?」

「い、いや、えーと、うへへ」

なぜ提案したのか。そう言いたげな目をディグが向けると、ウルリは惚けたように笑って見せた。しらを切っているつもりなのだろうが、感情が顔に出るタイプの彼では誤魔化しになっていない。その様子に、ディグは自然と表情が緩んでいた。

その時である。

ディグの傍らに置いてあったPHSが反応し、応答してほしそうに音を鳴らした。

それを手に取って見ると、画面には見覚えのある番号が表示されていた。

「だ、誰から?」

ウルリが怪訝そうな顔をしている。

ディグは通話ボタンを押し、それを耳に近づけた。

「はい、エレメントリですが。…ええ?今からですか?」

聞くに、よい知らせではなさそうだった。不安げなウルリを余所に、ディグは応答し続ける。

「俺はいいですけど...あの...ああ、はい。...え?じゃあ...うーん、仕方ないですね」

最後に「わかりました」と告げると、ディグは通話を切る。そしてすぐに椅子から立ち上がり、目の前の食器類を片付け始めた。

「なぁ、誰からだったんだ?」

食器を下げられている最中、ウルリはもう一度聞いた。

「掃石さん。臨時で見てほしいものがあるって連絡がきた」

「え?じゃあ、休みは?」

「残念ながら、たった今なくなりました」

食器を洗いながら、ディグは嘆息した。

 

 

「いやぁ、悪いね休みの日に」

と、悪びれる様子もなくヘラヘラと笑う掃石。ディグはこういうことはよくやられていたので、何か言う気力はもうなかった。言ったところで、それを受理してもらえたことは一度もなかったからだ。

「ところでその腰巾着、なんでいるの?」

そう言って掃石がウルリを見る。ウルリはディグの背後で、明らかに不服といった様子で掃石を睨みつけていた。

その射殺すような視線にたじろぐ掃石。

「あのさぁ、悪いことは言わないから、寮に返した方がいいぜ。中枢に怒られるし、相手方はウルリのこと知ってるし...」

「はぁ?なんでだよ!いいじゃんか、お休み取られたんだからさ!そもそもなんでオレのこと知ってるんだよ。オレ自己紹介とかしたことないぞ」

「いや、取ったのはお前の休みじゃないし...上の人は情報の行き渡りが早いんだ」

掃石は困ったように頭をかいた。

「頼むよディグ。こいつに部屋でお留守番しとくように言ってくれよ...」

「ウルリ」

「えー!なんだよお前まで除け者にするのかよ!」

「俺の首がかかってるから」

そう言うと、ウルリは口を噤んだ。

もちろんそれは嘘であるが、彼はそれをあっさり信じたようだった。それに便乗した掃石が「俺も俺も、首かかってる」と声を上げるが、ディグは無視した。

「しょうがないなぁ。じゃあ待っといてやるよ!」

「...あれ?おーい、ウルリ。お前の寮は逆だぞ、どこ行くんだ」

「どこで待ったっていいだろ!」

ウルリは背中を向けたまま叫んだ。廊下を行き交う他の職員たちが、神話の海割りの如く彼に道を作る。その方向は、ディグの自室がある方向だった。

「おーい、バレたらまた中枢からお小言だぞ。お前も止めろよ、怒られるのお前だぞ?」

「過去に何回も止めましたけど、全部無駄だったので吹っ切れてます」

ディグは淡々と告げた。

 

 

掃石に連れられると、特別来客用の部屋に通された。綺麗に手入れの行き届いた観葉植物の緑が、白く清楚な四方の壁によく栄える。前方に置かれた黒革のソファの下座には、黒い スーツを着たSPに囲まれた、初老の男が座っていた。そしてその傍には...。

「お待ちしていました、エレメントリ博士...の、お孫さん」

すっと立ち上がり、脇に出てきて一礼をする男。ディグも掃石も頭を下げる。

「休暇と聞いてはおりましたが、何せ緊急なのでね。非礼とは知りつつもご連絡させていただきました」

「いえ...休暇といってもいつもここにいるんで、気にしないでください」

「申し訳ありませんね。さて...もう聞いているかと存じますが、自己紹介を。私、地球科学政府日本支部の、宇宙調査庁の長官を務めております、繰信田(くるしだ)と申します」

男は恭しく名刺を差し出した。

「長官殿でしたか。...このような格好のままですみません」

「いえいえ、そちらはいつもお忙しいと聞いておりましたから。こう会って話せること自体、僥倖でございます」

「恐れ入ります...」

ディグは名刺を受け取ると、ちらっとソファに目をやった。背もたれの縁から、僅かだが何者かの頭頂部が確認できる。それが件のものであると、彼は何となく直感した。

「こちらにいらっしゃったということは、EBE関連で何かあったということですね」

「ええ、ご明察で。実は先日、地質調査を行っていた折に、とんでもないものを発掘しましてね」

繰信田は後ろのSPに目配せをした。すると奥に立っていた方がそれに応じ、ソファに座っていたもう一人に立ち上がるよう促した。その“子供”は、びくりと身体を震わせ、強ばった動きでおずおずと前に現れた。

ディグは思わず、その姿を凝視した。隣の掃石も同様だった。

「これが、発掘されたものです」

繰信田が、その背中を優しく押した。子供はその仕草にさえ、恐れるような挙動を示した。

見た目は小学生低学年か、それくらいの幼い少年だった。しかし顔から足にかけての右半身が、鈍色に輝く機械で覆われていた。

 

「サイボーグ...ですか?」

ディグは、真っ先に思い浮かんだ言葉を口にした。それに対し、繰信田は少し困ったように答える。

「我々も、そうではないかと考えてはおります。しかし、どうもそれだけでは説明のつかない点がいくつもあるのです」

繰信田は近くにいたSPに何か耳打ちをした。すると、SPは傍に立ててあったジュラルミンケースを開いた。中から分厚い束になった用紙を取り出すと、ディグに手渡した。

「実験記録です。読んでいただければ、察していただけると思います」

「...あまり人道的ではない実験もあるようですが」

「はい。これが生物なのか、そうでないのか、確かめるために行いました。まぁ、軽く判断材料として留意していただければと思います」

繰信田はあっさりと答えた。申し訳ないという気持ちを表すことなく言い放たれた言葉に、ディグは少し不快感を覚えた。傍らにいる少年は怯え、後ずさっている。しかしSPに腕を掴まれ、無理矢理に引き出された。

「単刀直入に申し上げます。あなたの腕を見込んで、これの研究を行っていただきたいのです。そして生物学的、物理学的、化学的、全ての側面で、これが何なのか、何の目的で地中にあったのか、解明してほしい」

そう言って、繰信田は少年を引き寄せ、ディグの前に立たせる。

 

「つきましては、これをあなたにお預けします。何卒、よろしくお願いします」

少年はすっかり怯えた目で、ディグを見上げていた。最大限の警戒心と恐怖心が、その幼い顔に表れている。それを見るに、彼が今までどんな目にあってきたのか、想像に難くなかった。

ディグは肩を竦める。

「...わかりました。しっかりと管理させていただきます」

「ありがとうございます」

繰信田はにっこりと微笑んだ。その笑みはどこか無機質で、見ていて気持ちのいいものではなかった。

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