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​#6 呪縛の解放

夜の闇を打ち消すように強い光を放つ怪物。その姿は悍ましいが、放つ輝きは神々しさに満ちていた。

怪物は両目を光らせ、自らに仇なそうとする不信仰者をはっきり捉える。そしてもう一度、悍ましい鳴き声で威嚇した。

それに対し、ウルリも威嚇をやり返す。獣がするように、鋭い牙を見せて低い唸り声をあげた。しかしそれは獣の鳴き声というより声真似であり、あまり迫力のあるものではない。

「油断するなよ。いつもの悪い癖だぞ」

「心配すんない!あいつは神様じゃない。オレの目にははっきり“見えている”からな!」

自信たっぷりに断言するウルリ。かく言う彼の両目には、どんなに優れた変身能力を持つEBE相手であっても、その正体を見破る力があったのだ。現在、彼より正確な看破能力を持つものは存在しない。

「そうか…じゃ、やっぱりこいつはEBEだったんだな」

ディグは冷静に考える。

「初めて見る型だから…第四級特殊指定亜型ってとこか。いや、龍型かもしれないな」

「よし、早くやっつけよう」

「俺は援護するよ」

ウルリに渡しておいた銃器を受け取るディグ。それは研究部門が対EBE用に改良した特別製の銃器であった。

彼は構えると、間髪入れず引き金を引いた。二度、発砲された弾丸が正確に怪物の腹を撃ち抜く。怪物は短い悲鳴を上げ、空へと舞い上がった。

ウルリはそれを追いかけて跳躍した。その時の姿は四つ足の獣ではなく、上半身を屈強な筋肉で武装した獣人のようであった。巨大化した顎で怪物に食らいつくと、その重みで地上に引きずり落す。怪物は土埃を舞わせながら必死の抵抗を見せた。長い尻尾で祭壇を破壊し、周囲にいた村人達をなぎ倒す。そのショックで村人達は我に帰ったらしく、恐怖の表情を湛えて散り散りに逃げ出した。

騒ぎに動じる様子もなく、ディグは続けて銃弾を放った。怪物の頭部が容赦なく吹き飛ばされる。しかし怪物は頭が欠けてもまだ動いていた。

 

「あぁ!なんということでしょう!」

 

逃げる村人達に逆らって、よろよろと気鳥がやってくる。その表情からは正気が失われ、ただ絶望だけに取りつかれていた。

 

「おい、近づくな!」

 

ディグが叫ぶが、気鳥のおぼつかない足取りは止まらない。彼はがくりと怪物の傍へ跪くように倒れ伏した。

 

「神よ。村に繁栄を、お与えください…」

 

その瞬間、気鳥の頭部が跳ね飛んだ。怪物の振るった腕が、無慈悲にも彼の命を奪ったのである。

怪物はその死んだ身体を掴むと、肉を貪った。骨を砕き、血を啜る様は異形の悪神にしか見えない。さすがのウルリも表情をこわばらせ、ヒッと引き攣った声を上げていた。

しかしディグは冷静さを失わなかった。怪物の頭部をしっかりと狙い、何度も撃ち込んだ。顎が砕け、目を吹き飛ばされたところで怪物は初めて弱弱しい悲鳴を上げた。もう力が残っていないのか、死体を手放し、ズルズルとその身を引きずって山中に逃れようとする。

「そうはさせるかー!」

怯みから立ち直ったウルリは再び跳躍し、思い切り怪物の背中を踏みつけた。掠れるような悲鳴を上げる怪物。その腕を虚空に向かって伸ばすのだが、獣人の全体重と共に突き刺された牙が、怪物の致命傷となった。

伸ばされた腕がゆっくりと地面に落ち、怪物は静かに息絶えた。

「ふぅ…なんとかやっつけられたな!」

一仕事を終えたウルリは満足そうに息を吐いた。その傍にディグがやってくる。

「ディグが囮になるって言った時はちょっと怖かったけど、なんとなかってよかったよ~」

「何ヶ月も見つからずに潜伏してたやつだ。こういうタイミングでないと姿を現さないと思ったからね」

「オレ、結構活躍しちゃった感じ?」

「そうだね」

「へへ~やったぜ」

 嬉しそうに照れるウルリ。しかし姿は獣人のままなので、とてもではないが照れているように見えないのだが。

 ディグは意に介さず、取り返した携帯電話を使ってメールを送信した。

「もう少ししたら調査班が来るはずだ。操られていた村人達も元に戻ったようだし、先ずは落ち着いたね」

「うん!けどなんかオレ、すげー疲れたよ」

そう言うと、いつの間にか元の姿に戻ったウルリはくたくたと座り込んだ。

「ろくに休めなかったしお祭りは見れないし、全然楽しくなかった…」

「だから言っただろ。仕事だって」

ディグは肩を竦めた。

その時、背後で砂利を蹴る音が聞こえた。二人は順次に振り返る。先程の戦いで、感覚が鋭敏になっていたのだ。しかし、身構える二人の前に現れたのは新たな敵ではなく、肩で息をした桃花だった。

「い、いったい何があったんですか?」

「あー…え、えーっと」

「なんて説明しようか?」とウルリが視線を送る。

「ちょうど今、黒幕を討伐したところだよ」

送られた視線を受けて、ディグは率直に答えた。

それを聞いた桃花は一瞬戸惑ったようだった。しかし、彼らの後ろに横たわる亡骸を見つけて、全てを悟ったようだった。

「それ、もしかしてウツボ様…?あなた達、ウツボ様を倒したんですか?」

「正確には、あんた達の伝説にあるようなものではなかったけどね」

「じゃあ…やっと終わったんですね。ウツボ様の支配が…」

突然、桃花は手で顔を覆って、その場にへたり込んだ。

 

「お、おい大丈夫か?」

小さく聞こえてくるすすり泣きに、ウルリは狼狽した。心配そうに彼女の顔を覗き込むが、桃花はそれを否定するように首を振った。

「いえ…急にすみません。やっと自由になれたので、感極まってしまって」

「どういうこと?」

「私、本当はこの村の出身じゃないんです。ここには、三ヶ月前に家族と一緒に迷い込んでしまって…木の塊のようなものを覚えていますか?あれはご神体なんです。ご神体に触れてしまうと、生贄として役目を全うするまで村に閉じ込められてしまうんです」

「マジか!じゃあディグはあの時呪われちゃったわけなんだ…って、逃げられなくなるのになんで逃げろって言ったんだ?」

「まだ間に合うと思ったんです…ウツボ様の影響を完全に受けるのには長い期間がかかるので。だからいつもは気鳥さんが、その人が影響を受けるまで空き家に閉じ込めているんです」

「な、なるほど…」

「変な感触だったけど、ご神体って本当はなんなんだ?」

「あれは、ウツボ様が分裂させた頭です。時期が来ると、村のどこかに落とすんです」

「お、落とすって…それ死んじゃってないか?」

「EBEには解明されていない謎が多いから、そういうこともできるんだろう」

ディグが口を挟む。あの奇妙な感触の謎が分かり、彼はあっさり納得したようだった。

対するウルリは「そ、そうなんだ、へ~」と小声で呟いた。口ではそういうものの、飲み込めてはいないようであった。

「私が最初に見つけた時は、お母さんが、気味が悪いからって取り上げました。でもそうしたら、あの人…気鳥さんがやってきて…その日は、ちょうど今日みたいにお祭りの日だったから…」

記憶を掘り起こして、桃花の声は次第に暗くなる。

「お母さんは私を庇ってくれました。お父さんも…でもその代わりに、ウツボ様の影響を強く受けてしまいました。それからはずっと、生贄になるためにここに住んでいたんです。この村の何人かの人は、私達みたいに迷ってきて、それを待っていました。その間はずっと、気が気でなかった…」

桃花は袖で涙を引いて、顔を上げる。

「あなた達を見つけた時はどうしようかと、迷いました。親切にしてくれたから、どうにか引き返すように言おうと思ったけど、余所から来た人を見つけたら知らせるようにと、気鳥さんに強く言われていたから…」

「なるほどね」

冷静に聞いているディグの横で、ウルリは釣られて泣いていた。大きな声を上げそうだったので、ディグは視線をくれずに手を伸ばし、その口を塞いで黙らせた。

「事情は大体わかった。今回の事は、最優先で対処してもらえるよう伝えるよ」

「ありがとうございます…本当に」

桃花はもう一度涙を拭って、笑った。

やがて秋の夜長の静けさを割いて、遠くから複数のサイレンが聞こえてきた。高台にある広場から臨むと、それが幾つかの赤いライトを灯して近づいてくるのが見えた

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